正気を保つために最近思ったけど漫画にはできそうにないことを勢いで書きます
暗い内容になりがちだけど別に精神的に塞ぎ込んでいるわけではなく普段からこういう思考しかできないだけなので気にしないでほしいという気持ち
・インターネット対人関係
最近はもうインターネットで人と話すということ自体がめっきりなくなってしまったので基本的に他の人同士が会話しているのを眺めているだけなんだけど、たまに他人同士の会話を見ていたら酷く気分が悪くなる時があって、単純にネットで人が言い争いしてるのが苦手なだけなのかと思っていたけど、どうやら初対面のはずの人同士の会話なのに自然と上下関係じみたものが生まれているのを見た時に本当に気分が悪くなるんだと最近気づいた
コンビニで店員にタメ口で話す人を見た時の感覚に近いけど、そっちの方がまだましだと思った、何をどう自分の頭の中でシミュレートしても、ネットの知らない人にタメ口で話しかけあまつさえ上から目線でものを言ったり人格否定したりしようと思い至ることができない
自分の中でタメ口と敬語の境界がどこなのかわからない 最近は学生時代の知り合い(同学年に限って)と妹に対してのみタメ口で話すことに抵抗がない 敬語くらいの距離感が永遠に続くのが自分の中で一番理想なのかもしれない 疎遠になりやすいし距離を取り違えることも基本的に起こらないから
昔やっていたバイトで自分より後に入ってきた人(男)がいて、その人は一つ年上だったから自分は敬語で話していたんだけど、その人は「バイトとしては後輩だから」という理由で年下の自分に対しても徹底的に敬語で話していて、その空気感というか距離感が自分はかなり好きだった 恰幅と人当たりが良くて歌の上手い人だった こういう人こそ何よりも幸せになるべきだろうと思った
ツイッターで自撮りアカウントが載せていた海の写真をスケッチしたやつ
・れぎどちゃん
1を描いた直後は(自分の中では珍しく)続きを描くつもりがあって、文字打ちまではしてたけど突然(いつも通り)やる気が一切なくなってしまった たぶん続きません ちなみに2話では五世代ポケモン対戦の話だけを4pに渡ってずっとしているという意味のわからない内容だった
ツイッター漫画で同じものを続ける能力が全くと言っていいほど無い 一度描いたら自分の中では終わった感覚になって満足してしまう たくさんいいねしてもらえるのは嬉しいしありがたいけど自分が少しでもすっきりしてしまったらそこで終わり
即興的な自己否定衝動を無意識のうちに継続させまいとしているのかもしれない
確かスクランブルスクエアで撮った時のやつ
適当に撮った背景の写真を無心で描き写している時がある意味一番心が休まるけど酷く空虚にもなる
大学受験の時予備校の講師が「不安は作業によってのみ取り除かれる」という趣旨のことを言っていたが、その道理が通じるのは将来の約束されたレールの上を歩いている時のみで、宙ぶらりんの日々の中でそれを実践しても幾分かのその場凌ぎになるだけだよなあと思った インプットだのなんだのと自分に言い訳してアニメとか映画で現実逃避するのと同じ
・良かった曲
MVは普段一回観たら満足してしまうんだけどこれは珍しく何回も繰り返して観た 曲も良いのでおすすめです
自分は恋人がいたことはもちろん誰かとまともに手を繋いだりしたことすらないので、恋人ができて以降に人々が体験するであろう出来事も知識でしか知らず、現実の恋愛もフィクションの恋愛も等しくファンタジーのようにしか見えない なのでこういう恋人の喪失を連想させるようなMVを観てあたかもそういう気分になると、この先も恐らく現実では体験することのないであろう感情まで限りなく近づくことができるので多少の救いになる
得ることのできない人間は失うことを知ることすらできない それ自体は決して悪いことではないと思うんだけど、それを非生産的だと否定する世界が三日に一度くらい窮屈になる どれだけ多様性を認めていながら、自分のような生まれ損ないは多様性の一つとしてすら受け入れられないのだなあと
暗い内容になってしまったので(決して落ち込んでるわけではない)、昔描いたあめちゃんの絵をおいておきます
switch版、返信される時のパターンが増えていて楽しいのでおすすめです
なぽりたん
2022-10-29 09:23:49 +0000 UTC