「東海には蓬莱という山があり、そこには仙人が住んでいる」 私がその霊山の存在を最初に聞いたのは、秦が中華を統一する前、我が祖国である斉が在った頃だ。 当時、屋敷に来ていた商人の一人に毛織物を売っている者がいた。話の上手い中年の男で、各地の異文化を面白く語っていたのを覚えている。その中でも一番面白かったのが「蓬莱」の話だ。 ――あれは、私がまだ坊ちゃんくらいの年の頃でしたなぁ。当時住んでいた村が戦火に遭いましてね……親と死に別れた私は途方にくれました。なにもかもが嫌になって、黄海に出て外国に逃げてやろうとしたんですよ。小さな舟に乗って……子供ながらに無謀な旅路だとは分かっていましたし、心のどこかで死んでも構わないと思っていたんでしょうな。 それから海風に舟が巻き込まれ、私は、ああ死んだな、と思いました。 ところが目を覚ますと、聞いたこともない国にいたのです。聞いたこともない、というのも少し違うのですが、私は最後まで彼らが話す言葉を理解できませんでした。我々の話す言葉に似ていながらも、音の感じが全く違うのです。ですから、それほど離れていない異国に来たのだと思いました。 私を助けてくれた人は、話す言葉こそ分かりませんでしたが、とても親切に世話をしてくれました。屋敷は華美ではなかったものの、とても立派な造りでした。きっと裕福な家の者が助けてくれたのでしょうね。 怪我が治った頃、屋敷の家人が外に連れ出してくれました。市場のような場所に行き、私はあまりの光景に驚きました。そこには見たこともない品々が並び、道行く人の身なりは皆立派だったのです。路地裏に目を遣れば、道は綺麗に整備され、よだれの出そうな良い匂いがそこいらの建物から漂ってくる……捨てられた赤子も、やせ細った女も、物乞いの爺さんも居ない。 路地裏の前で立ち尽くしていると、腹が減っていると思ったのか、家人がある建物の中に連れて行ってくれました。食事を出している店ですが、貴族しか入れないような場所のように思いました。頑丈な造りの建物の中で綺麗な椅子に座って食べたのは、先にも後にもあれが初めてのことでした。 どんな料理を食べたか、ですか? ええ、忘れもしません。茶色の汁に、縮れた細い麺が入っていて、ふしぎな食感の白い具材や、獣の肉を煮込んだようなものなど、たくさんの具が入っていました。切麺にも似ていましたが、味が全く違うのです。見たこともない料理を前にして戸惑う私に、家人は「ラーメン」と言っていたので、もしかすると食べ物の名前だったのかもしれませんね。麺料理でしたし「メン」とは「麺」のことだったのかもしれませんなぁ。ええ、こんなふうに所々で聞いたことのある語が耳に入るのですよ。 中華の東の海には、仙人の住む山があるという与太話は聞いたことがありますが、彼らの豊かそうな表情や暮らしぶりからは、戦のない国であることは明らかでした。 どうしてそんな幸せな国から出たのか、ですか。私もできることならずっと居たかったのですよ。けれど、ある日……家人の手伝いになればと屋敷近くの山で山菜採りをしていたときに、運悪く斜面を滑り落ちてしまったんです。 次に私が目を覚ますと、楚の巫郡という地にいました。そのときに私を拾ってくれたのが、今の商いの師です。 月日にして、半年にも満たない間でしたが、あれは絶対夢ではありません。 ですが、この話は決して当主様や奥方様にはお話しにならないでください。坊ちゃんに嘘を吹き込むなと、窘められますゆえ。 彼はそれっきり、東の海にある国の話はしなかった。後に長じた私は、東の海の果てに蓬莱という霊山があると知った。かつての彼は、そこに流れ着いたのだろうか。 酒に酔って、くだらない昔話などを語ってしまった。 気まずくなって一気に盃を煽ると、卓を囲んでいた男たちが手を叩いて囃す。誰も彼もよく知らない奴らだ。たまたま今夜同じ店に居合わせて、世間の噂話などをしながら共に酒を飲んでいる間柄に過ぎない。 その内の一人が、「その話、もっと聞かせてはくれまいか」と言って笑った。このなかでは一際身なりの小綺麗な男だ。 「儂は、王宮で装飾品の管理をしておる。同僚から聞いた話では、最近の陛下は不老不死への道を目指しておられるとか……。うまくいくと、大いに出世できるかもしれんぞ、徐福殿」