なんだそれは?という話なんだけど
要は、微妙絵を1億枚描いても画力の向上には寄与しないのでは?という仮説の話です。
(これは昔自分が取り組んでいた課題で、一日一枚どんな絵でもいいから上げるという縛りを課していたころの作例なのだけど、明らかに成長してないことがわかる)
この考え方には対になる考え方があって、質と量では、量を積んだほうが質の向上にも繋がる。というのがあるんだけど、こと絵のレベルアップに関してはちょっと当てはまらないかなと思っていて
それはおのでら先生(100%除霊する男)が先週くらいにFANBOXに上げていた
格ゲーでは、勝つためのロジックを知らないと無限に負け続ける
という論です。
あるあるですね。
それ以前に、そもそもうまくなるとはどういうことなのか。
「うまい絵」というのは世の中に厳然として存在していて、おそらくは自分の絵をそれに近づける行為だと思うのだけど、
その過程において、うまい絵は何でうまいのか、自分は何故それをなぜうまいと感じるのか、という曖昧なイメージを言語化することによって、再現性のあるロジックへと落とし込む作業なのではないか、と考えています。
要はただ漫然とおっぱいを描いていてもいい感じにはならない。ということですね。
気付きが重要なのだと。
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さて、こういう考え方もあります。
これもまああるあるですね。
しかし自分はSNSでアップする絵の星の付き具合にある程度の信用というか、正確性を感じていて、それは、5分で描こうがコンセプトがしっかりしていれば10時間で描いた絵を上回る。ということです。
これは時流と言い換えてもいいんだけど、要は適切なタイミングで適切な絵をパッと上げられるのもまたお絵描きマンにおける能力の一つではないか?ということですね。
ハンターハンターの念で例えるなら、単純なデッサン力、画力を強化系とするなら、コンセプトや時流で攻めるは特質系とかそんなイメージ。
これもまたうまさなんですよね。
ということでこの方向性の絵の良さも、また言語化して再現する試みが必要となります。
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さて…
どちらにも言えることですが、絵の練習は、絵を描く前にこそ汗をかく必要がある
ということです。
これは単純に座学によって技法をマスターするのとは違って、まずは自分が良い、と思うものを集めて(収集)、そこから得たエッセンスを抽出して(仮定)、そこではじめて実際に手を動かして(実践)、実際にいい感じになったらなんとかしてそれを定着させる。
絵の上達はこれのくり返ししかないのでは?と考えております。
なので、大変だけど、これからは絵を1枚描こうと思ったら、その過程をメモするなりFANBOXなりにアップして、適宜振り返っていく作業が必要なのかもですね。
めんどくせえ~
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(反復練習さ 同じことを何度も繰り返す、自分が“いいな”って感じられるまでね それしかない)
期せずしてエヴァと繫がっちゃった。
頑張りますわよ。
完